長年美容外科医をやっていてよく聞かれる質問のひとつに「美容外科ならキズ跡を消せますか?」があります。
子供の頃の大きなケガの跡が、大人になっても残っていると、このまま一生残るかもしれない、消せるものなら消したいと思うのはごく自然なこと。傷跡(キズあと、瘢痕)を綺麗にしたい方はぜひお読みください。
キズあとそのものを消すことはできません
傷跡を消すことは残念ながらできません。
切ったからにはどうしてもキズあとは残ってしまいます。でもキズあとを限りなく目立たなくすることはできます。
目立たない傷跡こそが、理想的な傷跡なのです。
具体的に理想的なキズ跡とはどういうものなのか?
最悪なキズ跡と実際に比較してみましょう
最悪なキズあとは、キズの幅が太く、ミミズ腫れのように盛り上がり、さらにキズを横切るように「ムカデの足」のようなあとまでついてしまったキズあとです。
それに比べ、理想的なキズあとは細い一本のシワのようなキズあとです。
キズの幅が太くなる原因
皮膚はゴムのように弾力性があり、常に緊張がかかっていますから切っただけで左右の切断面が外側に引っ張られキズ口が紡錘形に広がります。また、一定の幅で皮膚を切り取った場合にはさらにキズ口が大きくなります。このように広がったキズ口をふさぐためには、キズ口の両端を引き寄せて糸で縫って固定しておく必要があり、そうすると自然治癒の力により一週間くらいでキズ口がくっつきます。
キズ口が完全にくっついたことを確認して抜糸をしますが、抜糸をした後もキズを開こうとする方向に引っ張られ続けますから、最初は一本の細い線で落ち着いていたキズあとが、時間の経過とともにだんだん幅が広がってしまうのです。
キズを開こうとする力に打ち勝つためには、糸でしっかり固定したまま永久に抜かずにおくのがベストですが、皮膚の表面に糸をつけたまま放置するわけにはいきません。そこで考え出されたのが真皮縫合(しんぴほうごう)です。
傷跡を目立たなくするポイントは「真皮縫合」
真皮縫合とは、真皮層と呼ばれる皮膚の深い部分に糸をかけて固定し、この糸は抜かずにずっと埋め込んだ状態にする方法です。キズあとがきれいに治るかどうかに大きく関わっているのがこの真皮縫合なのです。
下の図はキズ口の断面図です。①から⑤のように糸を通し、結び目が一番深い位置になるように結んでキズ口の両端を引き寄せ、固定する方法が真皮縫合です。
この糸は抜糸はせずに、ずっと皮下に埋め込んだ状態にすることで、キズにかかる張力に対抗してくれるのです。
美容外科や形成外科の医師にとってこの縫合法は基本中の基本、この縫い方が確実にきれいに手早くできるようになるまで徹底的に訓練させられます。
この真皮縫合が的確に行われると、それだけでキズ口の両縁はぴったりと密着し、極端な話、皮膚の表面は縫わずに、テープで固定するだけでもいいくらいなのです。縫うとしても、極力細い糸で、強く締めすぎず、軽く合わせる程度に縫います。
しかし、注意しないといけないのは、キズにかかる張力はキズの種類や部位によって異なるので、張力がさらに強くかかる部位では、普通の真皮縫合でも力負けしてしまい、キズの幅が広がってくることがあります。
その場合は、引っ張り戻される分を想定して、真皮縫合の時にわざと山のようにたくし上げて縫うようにします。
こうしておくことで、張力がかかったとしてもたくし上げている部分が徐々に平らになるだけで、キズあとそのものの太さには影響がなく、細い一本の線のままで落ち着くことになります。
傷跡が「ムカデの足」のようになってしまう原因
キズを横切るようにできる「ムカデの足」のようなキズあとは、縫った糸が原因でできます。
- 糸が太すぎる
- 糸を結ぶときに強く締めすぎる
- 糸を抜く時期が遅すぎる
- 糸の材質が良くない
などが主な原因です。
これを防ぐためには、やはり上で述べた真皮縫合が鍵となります。真皮縫合のみでキズ口の両縁がぴったりと密着していれば、皮膚の表面を縫う糸は細いもので十分ですし、力をかけてギュッと結ぶ必要もなく、4~5日で早めに抜糸することも可能なので、糸のあとが残りません。
また、糸の材質としては、昔は絹糸のような自然素材が主流でしたが、絹糸はタンパク質でできているため、体が拒否反応(炎症)を起こし、キズあとがきたなくなる原因でした。現在では拒否反応をほとんど起こさないナイロン糸を用いています。
美容外科・形成外科専用の特殊な針糸
普通、糸と針で布を縫うときは、針穴に糸を通したものを使いますが、針穴の部分は針の太さ以外に糸二本分の太さが加わり、布生地を貫通するときに、針の太さ以上の穴があいてしまうことになります。
これと同じ方法で皮膚を縫うとすると、針を通すたびに皮膚を余分に傷つけてしまうことになり、キズあとが残りやすくなります。そこで、美容外科・形成外科手術専用に作られた特殊な針付きの糸を使って縫います。
この特殊な針付き糸は、下図のように、針の後端に連続で糸が接着されているので針の太さ以上に皮膚を傷つけることはありません。
針は直線ではなく、湾曲していて、針の太さは直径0.3ミリくらいの極細で、糸はさらに細く、まぶたの皮膚を縫う一番細い糸だと直径0.05ミリくらいの髪の毛よりも細い糸を使います。
拡大鏡も活躍
細い一本のシワのようなキズあとにするためには、キズ口の左右の断面の上部をぴったり確実に合わせて縫う必要があります。
もし少しずれて、段差ができた状態のまま縫った場合にはその部分のキズあとの幅が広がってしまい目立ってしまうことがあるからです。
0.1ミリの段差もできないように、確実に断面を合わせるためには、拡大鏡(ルーペ)を使って、3~4倍に拡大して見ながら縫うこともあります。
キズあとはシワの中に隠す
布には布目があり、木には木目があるように、人間の皮膚にもコラーゲン線維の方向によってできる布目のような線があります。これを皮膚緊張線(ストレスライン)といい、顔の場合は下図のような方向に存在しています。
若い頃にはこの線は見えませんが、年とともにこの線に沿ってシワが刻まれてくるので、だいたいシワの方向と一致していると考えるとわかりやすいですね。
美容外科でメスを入れるときにはこの皮膚緊張線に沿って切開するようにします。そうすると、シワの方向と一致するので、キズあとがシワの中に隠れてさらに目立たなくなるわけです。
その他にもいろいろ工夫があります。
メスの切れ味
美容外科で使用するメスは使い捨てで、常に切れ味のよい状態で切開できるように、手術中に頻回に新しいメスに取り替えます。極端な例では、右側のまぶたをたった5センチ切っただけでそのメスは捨てます。左側を切るときには切れ味が最良の新しいメスを用意します。
メスの切り口はキズの治り方に影響を与えます。顕微鏡レベルで見た場合、切れ味の良いメスでスパッと切った断面と、使い古した切れ味の悪いメスで切った断面ではまったく違います。
切れ味の良いメスで、断面がシャープに切れている場合はキズ口の左右の断面がぴったりくっつき、キズあとが目立たなくなります。
メスさばき
板前さんの世界で包丁さばきによって味が変わるのと同じで、外科医もメスさばきによってキズの治り方に差がでます。メスを押し付けながら切った場合と、メスを滑らせながら切った場合では切れ方に大きな違いがあります。
迷いのない滑るようなメスさばきで切った場合は、断面がシャープに切れ、キズ口の左右の断面がぴったりくっつき、キズあとが目立たなくなります。
特殊なピンセット
縫うときには、ピンセットでキズ口の縁をつまみ上げて縫っていきますが、先の太いピンセットでつまむと、つまんだところの組織が圧迫されて傷んでしまい、キズの治りに影響します。そこで、できるだけ小さな面積で組織をつかめるような特殊なピンセットを使います。
これだけの注意を払いながら、特殊な針糸や器具を使い、ひと針ずつ丹精込めて縫っていくわけですから、美容外科で縫ったキズはかぎりなく目立たなくなるのです。