今日お話しする症例は、ある学会で報告されたものです。鼻にプロテーゼを入れている方にとって、大いに役立つ情報となると思うので、その詳細を当ブログで紹介したいと思います。
なかなか治らない皮膚のただれ(皮膚潰瘍)
70代の女性(Aさん)はある日、目と目の間の鼻の部分(鼻根部)が赤くなって腫れているのに気付き、少し痛みもあるので近所の皮膚科に行きました。毛穴にばい菌が入って化膿しているという診断で化膿止めの飲み薬をもらい、1週間ほどで症状は落ち着きました。
それから1か月くらいたった頃、また同じ部位に同じ症状が出てきたので、同じ皮膚科に行き、化膿止めを出してもらいました。また1週間くらいで治るだろうと思っていましたが、今回は全く改善せず、追加でもう1週間薬を出してもらいましたがそれでもよくならないので、さらに強い化膿止めに変えてもらいました。
ところが、徐々に症状は悪化してしまい、やがて皮膚がただれて、そこから膿のような汁まで出てくるようになりました。皮膚潰瘍(ひふかいよう)と診断され、皮膚を再生させる軟膏を使った治療を約2か月間行いましたが、まったく改善しないので、原因不明ということで、大学病院で詳しく診てもらうことになりました。
偶然に見つかった原因
なかなか治らない皮膚潰瘍の原因には、糖尿病、動脈硬化症や静脈の流れが悪くなる血管の病気、リウマチなどに代表される膠原病などがありますがほとんどは足やひざ下にできます。 目と目の間にできる難治性の皮膚潰瘍としては、特に高齢者の場合は皮膚がんの可能性も考えないといけません。
大学病院の皮膚科では、まず皮膚がんかどうかを確認するために、ただれている皮膚の一部分を切り取って細胞の検査をすることにしました。そのための麻酔の注射をしようと針をさしたところ皮膚が3ミリほど破け、なんと中から白い異物が露出してきたのです。 その段階で、担当医がAさんに鼻の美容整形をしたことがあるかどうか確認したところ、50歳頃に鼻を高くする目的で異物を埋め込んだことが判明しました。
細胞の検査はいったん中止して、鼻の中の状態を確認するためにCT検査を行いました。その結果、鼻先から鼻の付け根にかけて三日月型の異物が入っており、それが全体的に左にずれていて、その上端が鼻根部の皮膚を裏側から圧迫して皮膚にダメージを与えていることがわかりました。
隆鼻術に使用したプロテーゼ(人工補填物)が原因でできた皮膚潰瘍であるとようやく診断がつき、皮膚潰瘍を含めプロテーゼを除去する手術が行われました。
取り出したプロテーゼはI字型で、クリーム色のシリコン樹脂製でした。切り取った皮膚潰瘍は念のため、悪性の細胞がないかどうか検査しましたが、がん細胞はありませんでした。
最初に症状が出始めてから原因がわかるまで4か月もかかってしまい、結果的に目と目の間の目立つ位置に傷跡が残ってしまうという残念な結果になってしまいました。
もし、この患者さんが五本木クリニックに来院されていたとしたら⋯
最初に鼻根部の腫れと赤み、痛みを訴えて来院された段階で、私ならまず鼻の整形を受けたことはないか、鼻に異物を埋め込んでいないかを患者さんに確認します。
答えがイエスなら、詳細に触診し、プロテーゼがどの位置に入っているか、ずれていないか、角の部分が皮膚を圧迫していないか、皮膚の厚みは十分に残っているかなどを確認し、症状の原因がプロテーゼからきているかどうかを判断して、その詳細を患者さんに説明します。
まずは化膿止めのお薬で炎症を抑えますが、異物が入っている限りは同じような症状を繰り返す可能性があること、場合によっては中の異物を抜かない限り炎症が治らないこともあること、皮膚がうすくなっている兆候があれば、将来破れる可能性があるので、はやめに異物を抜いて自分の組織に入れ替える必要があることを説明します。
この患者さんの場合、1回目の炎症は薬で抑えることができましたが、1か月後にまた同じ症状が出ていますから、私ならこの段階で入れ替えの手術をすすめます。そうすれば皮膚に穴が開くことなく、鼻に傷跡を残すことなくできるだけ元の鼻に近い状態に修正できたと思います。
3つの問題点
鼻の整形手術を担当した医師の問題点
鼻に異物を入れる手術をする前に、将来起こる可能性のある合併症について説明していない医師が多すぎます。今回のケースでその説明があったかどうかは不明ですが、異物は一生もつわけではなく、年数が経てばたつほどいろいろなトラブルがでてくるので、定期的なチェックが重要であることを患者さんに十分理解してもらう必要があります。
異物を入れた後は、ほったらかしにせず、担当医が責任をもって定期的な来院をうながし、異常がないかどうか長期にわたってチェックするべきです。
今回診察した医師の問題点
鼻の一部分が赤くなる、腫れる、しこりができる、皮膚がただれるなどの症状を訴える患者さんが来院した場合に、美容整形手術で鼻に入れた異物が原因のことがあるということを知らない医師がたくさんいます。 美容整形を受けた患者さんはそのことを隠そうとしますし、まさか整形が原因で皮膚にただれができるとも思っていないので、患者さんからの自己申告は望めません。
やはり、医師が幅広く知識を持ち、あらゆる可能性を考えて、問診をとるときに患者さんからしっかり情報を聞き出す姿勢が必要です。
患者さん側の問題点
過去に美容整形をしていても、そのことを他人に知られたくないため、他の病気で病院に行った時に、「今まで病気やケガなどで手術をうけたことがありますか?」と聞かれても、美容整形手術のことは言わない患者さんがほとんどです。
まとめ
今回のケースのように、体内に入れた異物が原因となって体に異常が起こることがあるので、そのことを隠していると 診断や治療が遅れることがあります。問診を受ける際には包み隠さず話すようにしましょう。
われわれ医療従事者は職業倫理としても、また法律においても患者さんの秘密を守る義務がありますし、患者さんが整形手術をしているからといって、奇異な目で見たり、接する態度が変わることもありませんので、安心してください。